大阪地方裁判所 平成11年(ワ)7039号 判決 2000年9月08日
原告
川名雅之
右訴訟代理人弁護士
丹羽雅雄
被告
八興運輸株式会社
右代表者代表取締役
三輪征司
右訴訟代理人弁護士
松岡茂行
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 原告が、被告に対して、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
二 被告は、原告に対し、平成一一年二月二一日から本判決確定に至るまで、毎月末日限り、一か月三五万四〇九二円の割合による金員及びこれに対する右各支払期日の翌日から各支払済みまで年六分の割合による金員の支払をせよ。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
第二事案の概要
一 争いのない事実等
1 当事者
(一) 被告は、一般貨物自動車運送事業等を目的として昭和二八年三月六日設立された株式会社であり、資本金は九九三六万円、従業員数は二〇〇余名である。なお、本店は当事者欄肩書所在地にあり、営業所を日向市、宮崎市、鹿児島県志布志町、大阪市大正区等に設置している。
(二) 原告は、平成八年八月二一日、被告に入社し、同日付で大阪営業所勤務として、同所にて二〇トントレーラー等の運転手として稼働してきたものである。
原告は、平成一〇年五月七日、全日本港湾労働組合関西地方大阪支部(以下「組合」という)に加入し(書証略)、同八興運輸分会を結成し、分会長に就任した。
2 解雇に至る経緯
(一) 被告は、平成一〇年三月ころより、大阪営業所の運転手(全員で七名)に対し希望退職の打診を行ったが、右打診に応じる従業員がいなかったため、平成一〇年四月三〇日、原告に対し、宮崎県日向市の木原営業所への転勤を口頭で内示した。右転勤に際しての労働条件は、期間を三年とし、従来支給されていた勤務地手当三万五〇〇〇円がカットされるというものであった。
(二) 被告は、同年五月一二日、同月一五日から右営業所へ転勤を命じる配転命令(書証略、以下「本件第一次配転命令」という)を発し、常務取締役三輪純司において、その辞令書を交付しようとしたが、原告は、組合加入通知書(書証略)及び宮崎県への配転を受諾することができない旨を記載した申入書(書証略)を同取締役に交付して配転に承諾しなかった。
被告は、同月三〇日、再度、同年六月一〇日から右営業所へ転勤を命じる配転命令(書証略、以下「本件第二次配転命令」という)を発したが、原告はこれに応じなかった。
被告は、その後、数回にわたり、常務取締役三輪純司において、原告に直接面談したり、電話をかけたりして配転を説得した。その際、三輪純司は、期間を三年から二年にしてもよいことや原告が同居していた実母を宮崎に呼び寄せるなら、同女の仕事も探してもよい旨の申入れをした。
(三) 被告からは、原告個人には交渉があったが、組合に対しては全く団体交渉開催の要求がなく、組合からこれを要求して、同年一一月一八日に至って、団体交渉が開催された。被告は、右団体交渉において、それまでに原告に電話等で告げていたのと同じ内容の配転条件を組合にも説明した。しかし、組合は、被告が団体交渉を行おうとせず、原告個人に申入れをしていたことに対し、この対応は組合を無視した不当労働行為であると抗議し、原告の配転には承諾しなかった。
(四) その後、被告は、組合に団体交渉をいっさい申し込まなかったし、団交は開催されなかったところ、被告は、原告に対し、平成一一年二月五日到達の内容証明郵便によって、就業規則第三八条三号の規定により、同月二〇日付をもって解雇する旨の意思表示をした(書証略、以下「本件解雇」という)。
就業規則第三八条三号は、解雇事由として「事業の縮小その他、事業の運営上やむを得ないとき」と規定する。
3 賃金
当時の原告の平均賃金は一か月三五万四〇九二円であった。
二 争点
本件解雇が解雇権の濫用であるか否か
三 争点に関する当事者の主張
1 被告
(一) 被告は大阪営業所における貨物取扱量の減少に伴う経営状態の悪化のため平成八年度に続き、平成九年度の収支も赤字となることが確実となったことから、早急にその対策を行うことが必要となり、平成一〇年二月以後同営業所の人員削減策をとることとなった。
当時大阪営業所の体制は、取締役相談役名越高久が常駐し、所長以下四名の事務職員と七名の運転手が所属し、一二名で構成されていた。これを被告は平成一〇年四月一日までに、取締役相談役名越高久の退任と同人の常勤監査役への就任の人事を内定して、大阪営業所の所属をはずし、事務職員についても退職や転勤により内二名を削減する対策を行った。また、合わせて、同年三月二七日に大阪営業所において、常務取締役松葉藤吉から原告を含む六名の運転手に対し、大阪営業所の収支の状況とこれに対する被告の対策について説明し、規定の五割増の退職金支給を条件とする二名程度の希望退職者を募り、運転手を五名に削減することを試みたが、一名の応募者もなく、これによって人員削減を実現することはできなかった。
そこで、被告は、同年四月二〇日ころ、やむなく運転手の内一名を三年間程度、比較的業務量のある木原営業所に配転を行い、もって大阪営業所の過剰人員の調整策とすることを決定した。
(二) 被告は、平成一〇年四月二四日、大阪営業所勤務の全運転手を集め、右決定を説明し、配転候補者を決定するための個別ヒヤリングを実施した。
そして、被告は、右記ヒヤリングの結果に基づき、当時三三才の独身で、働いている母親と同居中の原告が、他の社員に比し、配転に伴う負担が軽いと判断し、同人を配転候補者と決定した。
(三) 被告は、同年四月三〇日、原告に対し、口頭により配転の内示を行ったが、原告は、「断るとどうなるか。退職した場合、退職金は幾らになるか」等と質問したものの、内示に対し格別の反発はしなかった。
そこで、被告は、同年五月一二日、本件第一次配転命令を発して、取締役三輪純司において、その辞令書を原告に交付しようとしたところ、原告は、同取締役に組合加入通知書及び組合員の配置事項に関する申入書を交付して、辞令書を受け取ろうとせず、本件第一次配転命令に従うことを拒否した。
被告は、原告が同月一五日の木原営業所着任期日を過ぎても着任しないため、着任時期を遅らせて、同年五月三〇日、再度同年六月一〇日より木原営業所勤務を命ずる本件第二次配転命令を発し、原告に交付しようとしたが、原告は、「行きません。話は組合にして下さい」とこれに応じることを拒否した。
その後も、取締役三輪純司において、原告の説得に努め、配転期間を二年に短縮する、母親が配転期間中の同居を希望するなら、その間日向市において母親が働ける場所についても会社が責任を持って与えるなどと約束するなどしたが、原告は配転に承諾しなかった。
(四) 被告は、原告の配転命令を無視した行為を看過できず、被告の将来の配転計画の実施について重大な支障を生じることは明らかであることから、就業規則第三八条三号の「事業の運営上やむをえないとき」に該当するものとして、同年二月五日解雇の通知を発して、原告との労働契約を終了させた。
2 原告
(一) 被告は、本件解雇について就業規則第三八条三号を根拠とする。しかしなから、被告は、平成一〇年六月の株主総会において役員を増員し、右役員報酬も増額している。さらに宮崎営業所においては、同年度には約六名の新規採用を行い、平成一一年度に入ってからも倉庫作業員一名が新規採用されている。また、大阪営業所においても、本年六月からは、九州などへの長距離運行を始め、トラック六台は通常通り稼働している。従って、人員削減の必要性はない。
(二) 本件各配転命令は、被告の運転手にとって初めての広域配転であったにもかかわらず、原告個人にのみその同意を求め、原告所属の組合に対してはこれを無視し続けた。このような被告の対応は、解雇回避努力義務に違反している。
(三) 被告は、原告に対して、前記広域配転を組合員である原告のみに執拗に同意を求め、原告が右配転に応じないと決めつけて、就業規則第三八条三号を根拠に解雇したものであり、被解雇者選定の合理性はない。
(四) 被告は、原告個人にのみ配転の同意を求め、原告所属組合に対しては、不誠実団交のみならず団交拒否を行い、原告に対しては退職金を上積みする旨の回答をしたり、一旦行った解雇を撤回し、同日再度解雇を提案するなど、原告と組合に対して不誠実極まりない対応に終始した。したがって、被告の本件各配転命令と解雇の手続は信義誠実義務に反し、その合理性、妥当性はない。
(五) 更に、本件解雇は、不当労働行為でもあり無効である。被告は、被告において初めての広域配転にもかかわらず、同意を個人にのみ求め、組合とは形式的団体交渉及び団交拒否に終始した。これは労働組合法第七条二項に違反する不当労働行為に該当する。本件のごとく、困難な配転の強要や、それに応じないことを理由とした解雇は、組合組織の活動を破壊する支配介入であり、労働組合法第七条三号に違反する。本件解雇は、実質上原告が組合員であり、組合活動をしたことを理由とする解雇であって、労働組合法第七条一号、二号、三号に各違反する不当労働行為に該当し、この点からも無効の解雇である。
第三争点に対する判断
一 本件解雇は、営業所の経営改善の必要上行われた配転命令に原告が従わなかったため、解雇に至ったというものであるが、業務命令違反そのものを解雇事由とするものではなく、就業規則規定の解雇事由である「事業の運営上やむを得ないとき」に該当するものとしてされたものである。そこで、右規定に該当するかどうかを検討するに、(証拠略)によれば、次のとおり認めることができる。
1 被告の大阪営業所における貨物取扱量は近年減少傾向あり、平成八年度(年度は毎年四月一日から翌年三月三一日まで)の収支は、総売上(外注売上げを含む)が三億二九八一万八八三六円であり、一三八五万九〇五〇円の欠損となっていた。また、平成一〇年二月末日現在では、総売上は二億八三九七万二〇〇〇円であり、その収支は一四七四万九〇〇〇円の欠損となって、平成九年度の収支も赤字となることが確実であった。そこで、被告においては、早急にその対策を行うことが必要となり、平成一〇年二月以後、同営業所の人員削減策をとることとなった。なお、平成九年度の収支は、総売上が三億〇八〇五万六四八三円であり、一九六九万九八四三円の欠損となった。
当時大阪営業所の人員は、取締役相談役名越高久が常駐し、所長以下四名の事務職員と七名の運転手が所属し、一二名で構成されていた。これを被告は平成一〇年四月一日までに、取締役相談役名越高久の退任と同人の常勤監査役への就任の人事を内定して、大阪営業所の所属をはずし、事務職員についても退職や転勤により内二名を削減する対策を行った。
2 被告は、同年三月二七日、大阪営業所において、常務取締役松葉藤吉から、従業員に対し、大阪営業所の収支の状況とこれに対する被告の対策について説明を行い、前述の希望退職者の募集を行ったが、一名の応募者もなかった。
そこで、被告は、同年四月二〇日ころ、運転手の内一名を三年間程度被告の本社がある宮崎県日向市の木原営業所に配転を行い、これによって大阪営業所の過剰人員の調整策とすることを決定した。
そして、松葉藤吉は、同年四月二四日、被告大阪営業所に赴き、七名の運転手に対し、個別に、配転に対する各人の意向や配転に応じられない家庭の事情等について聴取した。右聴取の際、原告は、「住宅を購入したばかりであり、母親と同居しているので、宮崎には行けない。転勤しろということは辞めろというのと同じだ」などと答えた。
右聴取においては、配転を希望する運転手はいなかった。原告は、当時三三歳で独身であり、有職の母五六歳と同居しており、独身の姉が大阪市内に居住していた。聴取の結果では、運転手七名の内、独身者は原告を含む二名であり、他の者は未成年者を含む家族を抱えていた。独身のもう一名は、五四歳で、妻と死別した者であり、長男は結婚して独立しているが、長女二四歳は身体障害者で、一日二回の投薬を必要とするというものであった。
松葉藤吉は、家族に最も影響が少ないという理由で、原告を配転候補者の選定し、同月二七日、これを社長に報告して了承を得た。
3 被告は、同年四月三〇日、原告に対し配転の内示を行った。その際、原告は「断るとどうなるのですか」と問い、「どうしても行けと言うのなら、会社を辞めないとしょうがないので、退職金の上積みはどのくらいになるかを本社に聞いてくれ」と頼んだ。松葉藤吉は、原告の右申し入れに対し、希望退職による退職金一四万九〇〇〇円の倍額、三〇万円の退職金を呈示したが、原告は「三〇万円ではあまりにも少ない」と言って、希望退職の申入れは保留した。
4 被告は、同年五月一二日、本件第一次配転命令を発して、その辞令書を原告に交付しようとしたが、原告は、組合役員を伴って応対し、「組合加入通知書」及び「組合員の配置転換に関する申入書」を交付し、右役員を通じ、「宮崎に行っている間に大阪営業所がなくなると帰るところがなくなる」「ローンの支払が苦しい」「同居している母親が転勤に反対している」等の事情を告げ、また、配転について再検討して欲しい旨述べて、配転には応じなかった。
被告は、同年五月三〇日、本件第二次配転命令を発し、配転期間を二年に短縮し、原告の母親が単身赴任に反対であれば、母親を伴う家族赴任も認める旨の条件を呈示し、原告に対して、配転に応じるように告げた。しかし、原告は組合に話をしてくれと言って、辞令書の受取りをしなかった。
その後、被告は、組合とは交渉せず、電話などで、原告に対し、配転命令に従うよう説得をおこない、原告の母の仕事も探してもよい旨を告げるなどした。
同年一一月一八日には、組合の要求により、団体交渉が開催されたが、被告は、右団体交渉において、それまでに原告に電話等で告げていたのと同じ内容の配転条件を組合にも説明した。しかし、組合は、被告が団体交渉を行おうとせず、原告個人に申入れをしていたことに対し、この対応は組合を無視した不当労働行為であると抗議し、原告の配転には承諾しなかった。
被告は、その後も、組合との交渉はせず、原告に電話などで説得を試み、平成一一年一月二〇日にも電話をかけたが、原告は配転を受諾する意向を示さなかった。
5 被告の大阪営業所においては、平成一〇年六月一九日、老朽化したトラック一台を減車したことから、その後は、六台のトラックを七名の運転手が使用する状態となっていた。そして、平成一〇年度の収支も改善していなかった。因みに、同年度の収支は、純売上が二億三七五六万五四六七円で、一一〇七万三一七二円の欠損となっている。
6 被告は、原告に対する懲戒解雇なども検討した結果、本件解雇の意思表示をした。
二 以上に鑑みるに、被告の大阪営業所においては、業務量の減少により、収支が悪化しており、年間一〇〇〇万円を超える欠損が生じる状態にあり、人員整理の必要があったものと認めることができる。そして、配転の人選について、家族に影響が少ない者という観点から原告を選定したことについても、これを不合理とする理由はない。そして、本件解雇が行われた平成一一年二月の段階においても、赤字幅は減少しているものの、収支状況が好転した訳ではなく、依然として年間一〇〇〇万円を超える収支状態にあり、しかも、トラックは六台であるのに、運転手は七名という人員過剰の状態となっていた。そして、解雇を行うについても、配転において原告が選定された事情に変化はないから、解雇の対象として原告が選定されたことに不合理はない。
原告は、取締役名越に対する報酬の支払状況などから、人員整理の必要性がなかった旨記述するが(書証略)、同取締役の報酬額のその業務に比して不相当であったとまで認める証拠はない。また、原告は、宮崎営業所において、運転手の新規採用がされている旨主張するが、その事実があったとしても、遠隔地である大阪営業所の人員削減の必要性に影響を及ぼすものではない。
解雇回避努力としても、希望退職者の募集が行われ、配転も検討されており、被告としては、解雇回避努力を尽くしたものということができる。本件各配転命令は、就業規則に根拠を持ち、配転期間を二年ないし三年に限定したものであり、労働者の不利益を勘案しても、濫用といえるものではない。
原告は、人選が合理的でないともいうが、選定基準は、家族関係という労働者側の不利益を考慮したもので、独身で、世話を要する家族がいない唯一の原告を選定したことに不合理な点はない。
解雇に至る手続については、組合を通じて交渉することを避けたという点は認められるが、組合からの団体交渉申入れには応じているし、原告が組合に加入したのは、本件第一次配転命令の内示がされた後であり、配転の必要性などは、原告本人に説明されており、被告において、配転条件の譲歩も行っている。
原告本人は、条件によっては配転に応じる意向にあった旨述べるが、本件解雇までの約九か月の間に、被告に対し、直接または組合を通じてその旨が明確に伝えられたことはない。
また、原告は、不当労働行為であると主張するが、本件解雇は、前述のとおり、被告の大阪営業所の人員整理の必要から行われた解雇であって、その人選に不合理な点はなく、原告が組合員であること、又は組合活動を理由に行われたとは認められず、右主張は理由がない。
三 以上を総合すれば、原告には、就業規則第三八条三号の「事業の運営上やむを得ないとき」に該当する事由があり、本件解雇を解雇権の濫用とする事由はない。従って、本件解雇は有効であって、原告の請求は理由がない。よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 松本哲泓)